SNSでの承認欲求の行き着く先

昨日、TBSのニュース23でSNSで写真を偽装する女性を紹介していました。まだインスタグラムにアップする写真のために、何枚も角度を変えて撮ったり、わざわざ着替えたり、アプリで画像加工するのは分かります。その次に紹介されていた人は、

花見に行くのに都合が合う友達がいなかったので、便利屋さんで友達レンタルをして一緒に写真を撮っていました。友達が少ないと思われるのが嫌だからわざわざお金を払って一緒に写ってもらうそうです。

僕が気になったのは、この映像でモザイクがかかっているのが依頼者の女性だけで、便利屋さんの女性にはモザイクがかかっていないことでした。これだと、この便利屋さんの女性と一緒に写っている写真がいつか特定されるという心配はしないのかな?と。他人に迷惑をかけているわけではないので、そこまで「特定したい」という人が出てくる可能性は低いですが。

「友達が少ない」と思われるよりも、「お金を払ってまで友達がいると思われたい」ということが発覚する方が余程恥ずかしいと思うんです。まとめサイトに転載されたりして、デジタルデータは一生残る可能性がありますし。

というか、他人に「いいね」と思われることばかり追求して、住む場所、仕事、結婚相手、食べる物、などを決めていくと、長期的には不幸になるはずです。僕の場合、世間体を考えて選択したことって自分に合ってないことが多かったです。逆に、世間体を考えずに決めたことの方が精神的に良いです。

「他人から良いと思われる」ことが人生最大の目標であれば、SNSで現実を加工し、理想のイメージをアップし続けるのも良いかもしれませんけれど、大抵は自分の遺伝的な特性や性格からズレていくので、苦しくなっていくでしょう。この行き着く先を描いたのがNetflixで見ることができる「ブラックミラー」シーズン3の第一話『ランク社会』です。

友達は少なくても良いと思っているので、僕はもちろんfacebookやってません。

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