ザ・ノンフィクション「マキさんの老後」の感想

ザ・ノンフィクションの「マキさんの老後」を見ました。早稲田大学卒でゲイバーで働き相当儲けていて、モテて男にも困らなかったというマキさんですが、今は腰痛で働けなくなり、生活費を妻(おなべ)の労働に頼る日々。

若い頃は水商売で儲かっていて羽振りが良かったけれど、老後になりお金に困るという現実。結局、喧嘩ばかりで夫婦仲が悪くなるのも、お金に余裕が無いからということですね。

若い時から順風満帆だと人生が「イージーモード」だと思ってしまいますから、将来に対する不安というのは少なくなります。特に生まれ持った「外見」が「当たり」だった場合には、若い時にかなり得するでしょう。その「イージーモードがこれからも続くだろう」という楽観が、老後の備えを怠ってしまいます。そして、「ベリーハードモード」や「エクストリームハードモード」にいつの間にかなってしまうのです。

人生はリセマラ(「当たり」が出るまでアンインストール&インストールを繰り返すこと)の無いゲームですから、思春期から青年期に有利なステータスで生まれた場合は一見ラッキーです。でも、50代以降の人生が幸せとは限りません。

一見、初期設定が「ハズレ」であっても、50代以降の人生は幸せな物になる可能性は高いです。なぜなら、年を取るごとに、外見の持つメリットは薄れていき、逆にお金の持つ力が強くなるからです。僕の思春期の能力パラメータ、外見のステータスはかなり低かったのですが、50代以降に良い人生を送ることができればまあいいかなと思っています。思春期が「ハードモード」以上の難易度だと、「空気を読む」「勉強の効率化」など色々なスキルを身に着けやすくなりますし。

「Life is like a game of poker. You have to play the hand you’re dealt. But a wise player can play what seems to be a weak hand and win the game.」という言葉はRick Warrenという人が言ったそうです。
(人生はポーカーのようなものだ。配られたカードでプレイするしかない。でも、賢いプレイヤーは弱い手を持っている様に見えても勝つことができる。)

「人生はソシャゲである」「人生はRPGである」など色々な「人生は○○である」パターンがありますが、僕は「人生は初期設定がランダムに決まるオープンワールドゲームである」と思っています。ある程度、遺伝や生まれた環境によって才能などが決まってしまいますが、それでもどうプレイするかの選択肢は無限です。

ランダム要素の一例を挙げると、20年前大学生だった人と、今大学生の人を比べると、断然今大学生の方が就職しやすい状況にあります。その反面、SNSが面倒だったりするわけですが。そもそも、大学に進学できるだけでもラッキーと言えるかもしれません。

このように、固有の外見や能力値以外にも、生まれ育った時代というのもゲーム進行に大きな影響を与えます。運不運の要素は多分にあるわけですが、自分で知識を得たり、努力することによって、何かを掴むことができる、またはその努力の過程で幸せを感じることはできるのではと思います。

何が言いたいかというと、「マキさん、歯磨きもっと優しくしないとエナメル質と歯肉がすり減っちゃうよ」ということです。人生には「自分育成ゲーム」の側面もありますから、攻略サイトで「デンタルケア」の項目を読んでおいた方が良いです。大体、スタート地点の町にあるドラッグストアで売ってますけど、アイテム「フロス」「リステリン」は歯周病予防に良いと思います。ちなみに、「フロス」が日本人の親からドロップすることはほぼありません。

追記:2017年6月11日「マキさんの老後 後編」の感想

前半のマキさんとヨシエさんの喧嘩シーン、あまりに理不尽なマキさんの物言いにヨシエさんに感情移入しちゃいます。マキさんも自分の現状のダメさを理解しているからこそ、自尊心を守るためにああいう行動になってしまうのでしょう。

でも、家の中で芸の練習を通して笑顔になる二人。舞台で笑いを取れた時の嬉しさ。そういう物は今後の希望になりそうでした。マキさんは芸に生きた方が良いと思います。

マンガ 自営業の老後
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